003AFTER TALK

  • 栗栖良依×蓮沼執太×難波祐子

    ディレクターの話(6月公開予定)

  • イトケン×三浦千明×宮坂遼太郎

    サポートミュージシャンの話

一人ひとりに耳を傾けることで生まれる、まだ誰も聴いたことのない音楽

イトケン×三浦千明×宮坂遼太郎

一人ひとりに耳を傾けることで生まれる、まだ誰も聴いたことのない音楽

SLOW LABELが音楽家の蓮沼執太さんを音楽監督に迎えて、新しく始動したプロジェクト『Earth ∞ Pieces(アースピースィーズ)』。サポートミュージシャンとして、プロジェクトを力強く支えているのが、イトケンさん、三浦千明さん、宮坂遼太郎さんです。蓮沼執太フィルやフルフィルにも参加する3名に、2024年3月16日に開催されたワールドプレミアを終えての感想を、オンラインの座談会形式で語っていただきました。

  • イトケン

    イトケン

    偽マルチ楽器演奏家、ドラマー、へなちょこ音楽家。イトケン with SPEAKERSなどの自身のバンドを率いる他、大友良英スペシャルビッグバンド、蓮沼執太フィル、あがた森魚、yojikとwanda、No Lie-sense、栗コーダーポップスオーケストラなど様々なユニットにサポート、メンバーとして参加。その他に玩具、電子楽器を用いたソロも展開。4枚のアルバムをリリース。NHK Eテレいないいないばぁへの楽曲提供、ゲーム音楽、CM音楽、webアニメーション用の音楽などの制作も行っている。

  • 三浦千明

    三浦千明

    1982年生まれ。洗足学園音楽大学卒業。トランペット、室内楽を故 中島大臣氏に師事。トランペット以外にもコルネットやフリューゲルホルン、笛など吹きものからシロフォンやグロッケンの鍵盤打楽器担当。東京2020パラリンピック競技大会開会式にてパラ楽団の一員として出演。蓮沼執太フィル、トクマルシューゴ、イトケン with SPEAKERS、星野概念実験室、World standardなど、様々なライブやレコーディングに参加。ヤマハ音楽教室講師。

  • 宮坂遼太郎

    宮坂遼太郎

    1995年まれ。長野県諏訪市出身東京都東部在住。主に打楽器を用いて演奏などを行う。岩出拓十郎との宅録ユニット「アナウンサーズ」や田上碧との音声パフォーマンスユニット「二十二世紀ヶ原」、高橋佑成・細井徳太郎とのノイズバンド「秘密基地」のほか、大石晴子、大林亮三(SANABAGUN)、折坂悠太、七尾旅人、蓮沼執太、本日休演、増田義基らのプロジェクトに参加。

集まってすぐに「もう大丈夫じゃん!」

演奏会の当日、初めて全員で集まったときの印象について尋ねると、サポートミュージシャンの立場から「最悪の状況を想定していましたが、全然そんなことはなく、むしろ最良だった」とイトケンさんは振り返ります。

イトケン「皆さん本当にちゃんと練習して来てくれていて、集まってすぐに『もう大丈夫じゃん!』と感じました。安心感だけでなくそのプラスアルファというか『ここまでいけるんだ』、と」

三浦「通常、クラシック音楽の演奏だと、完璧に仕上げたものを舞台に乗せるので、経験者の方が不安に感じていたと思います。自分の練習はしたけれど、全体で合わせた時にどのくらいの音量で吹いたらいいのかなどが分からないので。でも『案外やってみると大丈夫でした』といった感想もいただき、そういう状況を楽しめる方が来てくれていたのも大きいです」

宮坂「皆で鳴らしたときの音の全体像が未知数だったのは、楽しみでもあり不安でもありましたよね。打楽器は特に音が大きくなりがちなので、最初は『少し控えめに』とお願いしていたんですが、皆さん他の人の音を聴くことができる人ばかりで、良い音量バランスになっていました。自分自身、楽器を始めてすぐの頃は演奏が楽しくなっちゃって大き過ぎる音を出しては怒られていたので、すごいと思いました(笑)」

イトケン「(円座になって演奏するという)セッティングも良かったよね。最初は普通にステージを作って、お客さんの方を向いて演奏しようとしていたけれど、最終的にあの形に決めて良かった。全員が見渡せる形で」

円座になって演奏するセッティング

三浦「公募の団体だと、どうしても和を乱す人が出てきがちだけど、そんな人がいなかった。『自分の音が聴こえない』と環境に文句を言って不機嫌になる人なんかもいなくて、どうなるか分からないからこそ、皆でどうにかしようという気持ちが強かったのかも」

全員で集まったときの練習風景

蓮沼執太フィルと同じ「一人ひとりと対話する」姿勢

イトケンさん、三浦さん、蓮沼さんが円周上にトライアングルを作るように座り、その中央に宮坂さんがいるという配置で、それぞれがケアしやすい陣形だったようです。当日までに各自で練習はしているものの、全体で合わせた経験がないと音量のバランスについては確かに不安になりそうです。だからこそ他の人の音にしっかりと耳を傾けて、ともに合奏をつくっていくというのは、音楽ならではのコミュニケーション。参加した中学生の一人からは、この日の体験が楽器練習のモチベーションになったという感想も届いたそうです。

三浦「確かに、楽器を習っている中高生にとってはすごく良いでしょうね。管楽器でも弦楽器でも、演奏が上手になるという楽しみ方しか、一般的には提示できていない。演奏を楽しむのにも、まずは上手くなってから、という。たった1日でもこんなことができたという経験は、そうじゃない音楽の楽しみ方を示せたのかもしれません」

宮坂「会ったこともない、楽器経験もプロの方から初心者までいる状況での合奏というと、可能性としては即興演奏にするという選択肢もあったと思うんですよね。でも『第九』を演奏したというのが、大きな支えになったと思います。『何をしてもいいですよ』というのは難しくて、自由に動くためにも地図が必要というか。そういう地図づくりが大事ですよね」

三浦「私は最初に聞いたとき『大丈夫かな?』と感じました。誰も知らない曲なら、どんなものになっても『そういうものです』と言えるけど、誰もが知っている『第九』だとそうはいかない。皆のなかにイメージがもうあるものだからこそ、合奏として仕上げるのが難しそうだな、と」

イトケン「事前の準備段階でも、送ってもらった練習映像を見たら、違うキーで演奏している人がいました。これだと他の人の演奏と合わなくなる。でも、そこで蓮沼が『いや、これでいきましょう』と、むしろその人をフィーチャーするように変更して。そういうのは面白かったですね」

三浦「シーンとしても面白かったですよね。アレンジとして展開したように聴こえて。蓮沼くんは、蓮沼執太フィルなど大勢で演奏するときにも『集団として見るのではなく、一人ひとりと対話している』とよく言っていて、実際にそう感じるんですが、その姿勢が活かされていると思いました。バンドメンバーに対するのと同じことを、今回のプロジェクトでもしている、と」

集団として見るのではなく、一人ひとりと対話している

想定していないことがたくさん

通常なら間違いとされる演奏もあえて目立たせることで、音楽として豊かなものに変身させてしまう。そういう音楽的なノウハウは、蓮沼さんとサポートミュージシャンの方々のこれまでの経験から培われてきているのでしょう。一方で、本当に多様な背景を持つ人々が参加するこのプロジェクトでは、「こういうタイプの人には、こういう対応をすればいい」というようなノウハウは通用しないと、皆さん口をそろえて言います。まさに、蓮沼さんの言う「一人ひとりとの対話」がとても重要だったそうです

イトケン「結局のところ、1対1なんですよね。その人によって、性質がまったく違うので、どんなケアがどれくらい必要かを事前準備の段階で吸い上げることが大切だと感じました」

三浦「皆が上手に演奏できるようにするなら、簡単なものにしたらいいんですが、難しいことに挑戦したいという人もいます。だから譜面には『こういうふうに演奏してほしい』というアーティキュレーションも記していて、全員がそれをできなくても、挑戦したい人には取り組んでもらう。簡単なことをしていると思われたくない、というのもありますよね。その人がどうしたいかも一人ひとりヒアリングしないと分からない」

イトケン「やっぱり打ち上げが必要なんだよね。当日のアフターパーティーで、個人的に話してみて、ようやく分かったこともあります。ギターの方でも、タブレット端末を使ってテンポを制御しながら演奏するという、かなり独特のシステムで演奏をしている方がいて、それだったらリズムを一定にしておけばもっと演奏しやすかっただろうな、とか。こっちが想定していないことがたくさんありました」

三浦「そういう意味で、事前に何をヒアリングすればいいかということについては、今回で少しノウハウが蓄積できたと思います。最初は、まず譜面が読めるか読めないか、とかしか想定していなかったので。想定していないという話では、本番前に弦パートの人がお酒を飲み始めていたのも想定外でしたね(笑)」

蓮沼さんの言う「一人ひとりとの対話」

今まで聴いたことのない音楽をつくりたい

事前準備の段階から、参加者それぞれのプロフィールや映像を見て、パートを決めたり楽譜を準備したりと、大忙しだったという3名。譜面が読めない人には、カタカナで「ドレミ」と書き込んだり、実際に演奏した音のデータを送ったりと、工夫を凝らしてきました。それでもやはり、身体的な特徴や考え方の傾向など、思いも寄らないことがあるのが、このプロジェクト。ただ読みやすい楽譜を提供するだけではない、丁寧なコミュニケーションによる事前準備が必要とされました。

宮坂「私自身、楽譜が読めないので、そっちのお手伝いがまったくできませんでした。だからこそ、楽譜とは違う方法でのコミュニケーションをもっと深堀りしていけたらと考えています。でも、今回のプロジェクトで楽譜のすごさも実感しました。楽譜一つで、そんなことまで伝えられるんだと。色々なコミュニケーション方法が共存できるのが良いのかな、と思っています」

イトケン「千明は楽譜が強いので安心感ありました。『オケ周り、よろしく』みたいな。そんな感じで、『俺はこれやるから、宮坂くんはこれやっておいて』という感じで、会社のチームのように上手く役割分担できていたよね」

宮坂「役割を振っていただけてありがたかったです。会社の上司みたいな(笑)」

三浦「事前準備は大変だったけど、やってよかったです。参加者にどういうサポートが必要かをヒアリングするのには、スローレーベルにも間に入ってもらって。当日のリハーサルをやってみて、準備してきたことが上手く渡せていたんだなと感じました」

イトケン「今回が良過ぎたんだよね。このままいくと1回停滞というか失敗する気がする(笑)」

宮坂「普段なかなか人と演奏する機会のない方も多いので、ただ合奏できて楽しいというのももちろん大事なんですが、その向こう側の音楽を聴きたいとも思います。個人的にも、音楽活動をする上で、今まで聴いたことのない音楽をつくりたいと考えているので、このプロジェクトでもそれができれば。ただ、どうしたらできるかはまだ分からないんですが。『イメージはあるんだけど、そこに到達できなかったな』という失敗はあるかもしれない」

イトケン「今よりもっと良くしようとして失敗したいよね。何で失敗したか分からないじゃなくて。一回、大失敗をして、それを越えていく何かを見つけられれば、面白いプロジェクトになると思います」

今まで聴いたことのない音楽をつくりたい

(執筆:清水康介)